私は現在、妻・10歳の長男・8歳の長女・5歳の次男・4歳の三男と一緒に
家族6人で暮らしています。

現在、コロナウィルスの影響により
世界中が不安や疲弊、苦痛を抱えて大変な状況であり、
うちの家庭も、
「子どもたちの学校や幼稚園がお休みで大好きな友達と会えない」
「お昼ご飯の支度などが増えて、妻の負担が増えている」
「長男が毎週楽しみにしている野球チーム練習ができない」
「長女が毎週楽しみにしているダンスのお稽古ができない」
など、少なからず、環境変化の影響を受けています。

しかし、一方で、家族6人で一緒にいる時間が大幅に増えたことから、
学校や幼稚園がある日常ではなかなか出来なかったことが存分にできる状況でもあります。

うちが住んでいる地域では
3月の初めから学校が休校、幼稚園も自由登園(その後休園)となったことから、
小学生の上2人だけでなく、今年から年長になった次男・今年から入園した三男の
「子どもたち全員が3月初めから学校・幼稚園お休み」という期間を過ごしてきました。

その「子どもたち全員がしばらくお休み」と決まった当初、
すぐに考案したのが、休校期間中のオリジナル時間割

これまで、私は、

「今の小学生って、とても朝早くから登校し始めるし、
下校時間も16時過ぎとかになっているし、宿題も多いし、
毎日が忙しくて、自分がやりたいことをやる時間が厳しいよなぁ」

「それに、勉強の教え方も、授業のノートや教科書を見せてもらった限り、
なんかマニュアル化しすぎというか、その場の学力テスト結果優先というか…、
これじゃあ、自分で考えたり発見したり挑戦したりっていう機会も減るから、
大事な力が身に付きづらいんじゃないかなぁ」

などと心配に思う面がありました。

…かといって、その自分の価値観みたいなものを学校や先生に求めるわけにもいかないし、
何か良くないもの足りないものを感じたとすれば、それは親が責任を持って
補完したり教えたりするべきものだと思っているので、
学校の勉強に関しては、

  • 算数って、何のためにあると思う?
  • 算数を大好きな人もいるけど、それはなんでだと思う?
  • 算数ができるようになれば、どんな楽しいことが待っていると思う?
  • 小数点って、そもそも何だと思う?
  • 何のために国語という教科があると思う?
  • ノートって、何のために取っているんだと思う?

などのように、「これらのようなことだけは考えてほしい」
と思うことだけを最低限 話をしてきました。

そんな中で、「子どもたち全員がしばらくお休み」ということで、
普段は学校の勉強に関してはなかなか伝えきることができていないことや
体験してほしいことを出来る大事な機会と感じたことで用意したのが、オリジナル時間割です。

まず、子どもたちは普段 朝6時に起きて、7時に登校し始めているのですが、
早起きはいいことだけど、毎日の睡眠時間を考えると、
夜21時に寝たとしても9時間しか寝れない。
ちょっとやりたいことが長引いて夜更かししちゃったときには寝不足になりかねない。
だから、どんなに遅くても22時には寝ることを約束として、
起床時間は朝7時としました。
これなら、最低9時間は睡眠時間を確保できます。

それから、お着替え・朝ごはん・歯磨き・顔洗い・トイレなど朝の準備をし、
7時50分にリビングのテレビの前に全員集合して、10分間ラジオ体操

このラジオ体操は、私の妻の提案ですが、
子どもたちの中でも楽しい習慣となっており、とてもいい感じです。

ここで、
「自分達で決めた時間を、自分達で責任を持って守る」
ということを分かってほしいので、
学校のチャイムと同じように、
『簡易チャイム』というフリーソフトをダウンロードして、
予め設定した時間に、「キーンコーンカーンコーン」と
家の中でチャイムがなるようにしました。

簡易チャイム

 

そして、早速、8時00分に「キーンコーンカーンコーン」と1時間目スタート。

1時間目は算数。

算数といっても、計算ドリルとかではなくて、1つの参考書をもって、
誰にも教えてもらわずに、自分の力で問題を理解して解けるようになる練習です。

算数というのは、わりと万能の教科で、他の全ての教科の基本とも言えるものだと思っています。

1つの問題を解くためには、まずは、その問題の意味や意図を理解しないといけません。
これは、国語の要素がしっかりと入っています。

問題文には、ただ数字が並べられているだけでなく、
「Aさんが○○人」「身長は○○センチメートル」「○○の速さは…」など、
日常に関わる場面に関する問題も多いため、
それらを想像するために、生活や理科・社会といった事などとも通じ合う面も多くあります。

この算数を通じて、
意味や意図の理解・問題の解決・課題の発見などの力を身につけるためには、
教える側が一方的に導き方や計算方法までもマニュアル化するようなことなく、
仮に1つの問題に1週間をかけてでも じっくりと向き合って考えていく先に
ようやく解決できた!」「ようやく理解できた!」「ついに発見した!」というような
体験を積み重ねていってくれればいいなぁと思っています。

私自身も、今ではGINZO_Systemという為替の自動売買システムを用いて、
システムを稼働さえしていおけば、自分自身は何もしなくても自動的に
お金を稼ぐことができ、その収入によって生活をすることができていますが・・・、

ginzoシステム

そのGINZO_System完成に至るまでは、
たった1つの問題と、何年も何年も向き合っていました

今から十数年前に、
「今後、何十年間以上、不変に有効な売買システムを確立したい」
という
課題を自らが設定したはいいものの、
当然ながら、その解答が導かれるまでは、相当の大変さがありました。

途中では、「ようやく完成した」と思っても、その答え合わせ(フォーワードテスト)を
してみると、バックテストのように好成績を収めることができなかったことも多々ありますし、

「果たして、そもそも“答え自体”が存在するものなのだろうか…」
課題の内容自体に不安を持つことが長く続いたこともありました。

・・・でも、どんなに失敗しても、ひたすら1つのことに執念を持って向き合い続ければ、
必ず、課題はクリアすることができるということを身を持って経験してきました。

このような経験は、当人にとっての一生の財産になりますし、
何よりも、完成・解決した時の喜びがハンパじゃなく大きいので、

子どもたちにも、これから自ら設定する課題に対して
同じような経験・喜びを感じてほしいなぁと願っています。

なお、この1時間目の算数の時間は、
下2人の幼児組は、数字を書く練習や手作り迷路の時間。

子どもたちそれぞれの段階に合った「算数」をしています。

この1時間目の算数の時間は、
8時50分の「キーンコーンカーンコーン」のチャイムと同時に終わり、
次は、9時00分から2時間目の英語

「今の時代、これからの時代も英語は必須」という考え方からでは無いのですが、
英語は、何かを活きた記憶にする練習に最適の教科だと思っています。

人生を歩んでいく過程では、必ず「新しいことを記憶」していくことが必要です。

記憶といっても、その記憶を実際に使うことができなければ意味が無いので、
重要なのは、活きた記憶。

仮に好きなものや興味のあるもの…例えば、
「ドラゴンクエストの呪文の名前や効果」「興味のある車の名前や性能」
「ポケモンの名前や技・タイプ(?)」「虫や花の名前」など、
人によっては、わざわざ覚えようとしなくても自然に記憶されることも多いですが、

その半面、そこまで興味の無いものに対して記憶することは、
通常は簡単ではありません。

また、「興味を持てば、自然に記憶力もUPする」ということが分かっていても、
しっかりと興味を持つことができるまでには時間がかかる場合もあります。

そんな中で、仮にそのときに自分が興味を持つことができないものでも、
記憶することが上手になれば、もっともっと楽しい世界が広がるはずです。

この「記憶を上手になるための練習」として最適な材料の1つである英語を通じて、
興味が無かったものを好きになったり、
いろいろな世界を体験して発見したり上達したり挑戦したりする楽しさを
掴めるような力を養ってほしいと思っています。

以後は、

  • 3時間目・・・読書
  • 11時00分~・・・昼食&自由時間
  • 4時間目・・・音楽
  • 5時間目・・・図工
  • 6時間目・・・体育

と続き、それぞれの時間や順番に、
しっかりとした理由や意味合いを込めていますが、

そもそも、なぜ、様々な力を養ってほしいのか?

と言いますと、それは、人生を最大限に楽しいんでほしいからです。

私たちは皆、父親と母親から命を与えられて、この世に誕生しました。

生まれながらにして、体が弱かったりハンデキャップがあったり、
また、厳しい環境であったなどのこともあり、
少なからず、“他の人と比較をしてしまうと”、環境や状況・条件に
優劣が存在する面もありますが、

「受けた命を活かすチャンス」というものは、皆が平等に存在すると思っています。

この「受けた命を活かすチャンス」を例えるならば…、ゲームソフト

1人1人、生まれた頃から、親は違うし、姿や環境も、多くのことが違うけれど、
「みんな生まれた」ということは、「みんな命を与えられたということは同じ」です。

これは、

  • ある人は、ドラクエ1として生まれた
  • ある人は、ドラクエ2として生まれた
  • ある人は、ドラクエ3として生まれた
  • ある人は、ドラクエ10として生まれた
  • ある人は、マリオカートとして生まれた
  • ある人は、ファイナルファンタジー4として生まれた
  • ある人は、ファイナルファンタジー5として生まれた
  • ある人は、いただきストリートとして生まれた
  • ある人は、ストリートファイター2として生まれた

・・・というように、“命”というものに対して、
1人1人が「それぞれオリジナルのゲームソフトとして生まれた」ようなイメージを持っています。

これらのゲームソフトを“比較”してしまうと、
「こっちのソフトは画像が汚いけれど、あっちのソフトは高画像」
「こっちのソフトはゴールドが貯まりにくいけど、あっちのソフトはゴールドを貯めやすい」
「こっちのソフトは操作性が悪いけど、あっちのソフトは操作性が抜群」
「こっちのソフトはキャラがダサいけど、あっちのソフトはキャラがカッコいい」
などと、“差”を感じてしまうこともあるかもしれませんが、

誰もが、それぞれのオリジナルのゲームソフトを存分にプレイすることができる
という共通点があると思います。

ゲームソフトによっては、
ファミリーコンピュータのソフトとニンテンドースイッチのソフトの違いと同じように
根本的な「性能」や「出来ること・出来ないこと」などの違いもありますが、
必ずしも、「多くのことが出来て高性能」の方が絶対的に楽しいとは限りません。

むしろ、「昔のゲームの方が楽しめる」「昔のゲームの方がハマる」ということも
珍しくありません。

大事なのは、与えられたオリジナルのゲームソフト(命)を
どれだけ堪能して楽しむことができるかということ

ときに人は、自分自身に対して劣等感を感じてしまったり、
逆に他の人と比較をして慢心してしまったりして、
あとから気づいたときには「あれ?全然楽しくない…」と
感じてしまうこともあると思いますが、

それは、「自分自身というオリジナルのゲームソフトに目を向けて、
それを100%堪能しようとしていないから」だと思います。

自分自身というオリジナルのゲームソフトに目を向けて
それを100%堪能しようとすれば、
「やりたいこと」「出来るようになりたいこと」がどんどん溢れ出てきて、
それに対する成果だけでなく、挑戦過程だって面白くなると思います。

ここで、ゲームを100%堪能するためには、
やっぱり、そのゲーム内でのレベルを上げることが大事だと思います。

ドラクエで言ったら、最初はレベル1の状態で、
最悪のモンスターであるスライムを倒そうとしても手こずりますが、
どんどんと経験値を得ていくごとに、
最初は難しかった敵を楽に倒せるようになり、
新しい町やダンジョンも行けるようになり、
欲しい武器や防具も手に入り、便利な呪文も覚え、
いろんな仲間と出会い、ワクワクするストーリーを楽しみ・・・と、
どんどんと楽しさもアップしていきます。

・・・これが、例えば「自分はモンスターと闘うことが好きじゃないから…」といって
目の前の展開から避けようとして、その状態をずっと本人が楽しむことができれば
良いのかもしれませんが、それは人間の特性上、なかなか困難です。

なぜなら、人間は、本能的に「できたことや成長」に喜びを感じるからでしょう。
(他にも喜びを感じることはたくさんありますが…)

原始時代でも、男なら、食べるための狩りに成功したり
狩りが上手になったりしたときには、絶対に嬉しかったと思います。

女なら、自分の赤ちゃんが誕生したり、
赤ちゃんが寝返りに成功したりハイハイが出来るようになったりした
姿を見ると、絶対に嬉しかったと思います。

赤ちゃん自身も、ずっと仰向けだった時期から、
次第に赤ちゃんなりに寝返りをしようとしたり、
ハイハイをしようとしたりと、本能的に成長に向けた行動をとります。

それらは現代も変わらずで、
「できた!できるようになった!」は、
本能的に嬉しい・楽しいと感じるのだと思います。

だから、子どもたちには、「できた!」「できるようになった!」を
たくさん増やせるようになってほしい。

これからの人生、「できた!」「できるようになった!」だけでなく、
むしろ、それらよりも「まだできない…、失敗した…、しんどい…」と
キツい思いをすることも多いでしょう。

そうであっても、それらの試練に挑み続けることで、
その先には、必ず トータルして自分自身のオリジナルゲームを100%堪能し、
人生を最大限に楽しむことができるようになるはずです。

  • 算数も、人生を楽しむためのレベル上げ
  • 英語も、人生を楽しむためのレベル上げ
  • 読書も、人生を楽しむためのレベル上げ
  • 音楽も、人生を楽しむためのレベル上げ
  • 図工も、人生を楽しむためのレベル上げ
  • 体育も、人生を楽しむためのレベル上げ
  • 睡眠も、人生を楽しむためのレベル上げ
  • 食事も、人生を楽しむためのレベル上げ
  • 自由も、人生を楽しむためのレベル上げ

実際にレベルが上がった時も嬉しいし、
レベルが上がった後の多くの楽しさもありますし…、
上手になれば、レベル上げ自体の楽しさもリアルタイムに感じられるようになると思います。

ここでの“レベル”とは、
他の人と比較した相対的点数や相対的実力などではありません。

自分自身の人生というオリジナルゲームの中の“レベル”です。

だから、じっくりと、あぜらず、楽しみながら、
そして「自分の命(ゲーム)を最大限に堪能するため」ということを忘れずに
励んでいってほしいと願っています。

ところで、

現在、私は、自身が開発したGINZO_SystemというFX自動売買プログラムを
無償でダウンロードして利用頂けるようにしています。

この一番の理由は、『システムを公開している目的』のページに記載のとおり、
子孫たち“全員”が(必要な際に)経済的自由を手に入れられるために必要な
「データ蓄積と解析による実践的な行動ファイナンスの研究」が目的ですが、

それと同時に、多くの人それぞれの目的・目標を達成するための
自分ができるお手伝いをすることによって、
より多くの人たちと喜びを共有したいというものがあります。

今の私も、は 具体的に挙げるといくつもあるのですが、
そのいくつもの夢に共通しているものとして、

『最高の乾杯』をしたい

というものがあります。

多くの場合に“夢”というと、
「プロ野球選手になりたい」
「アイドルになりたい」
「大きな庭がある一軒家に住みたい」
「世界一周旅行をしたい」
など、無限に「こうなりたい」「こうしたい」というものがあると思いますし、

私自身も、子どもの頃から「自由人になりたい」という
夢を抱いて生きてきました。

この“夢”を実際に叶えることができたことは とても喜ばしいことなのですが、
そんな自分が幸せに感じてきたことを振り返ってみますと、

どの出来事も、喜びの爆発的瞬間があります。

  • GINZO_Systemが完成した瞬間
  • 自分が設立した法人の登記簿を初めて見た瞬間
  • 結婚式の「おめでとう」の乾杯の瞬間
  • 産まれてきた我が子を初めて見た瞬間
  • 誕生日の「おめでとう」の乾杯の瞬間
    ・・・
    ・・・

・・・それらの喜びの瞬間には、必ず大切な仲間がいて
お互いの喜びの目が合い、「今、同じ喜びを共有している!」という感覚があります。

その感覚は たまらなく気持ちが良いです。

これは、今の大切な家族や仲間たちだけでなく、
もっともっと多くの人と共有することができれば、最高だと思っています。

“乾杯”とは、必ずしもグラスとグラスを「カチンッ!」と合わせた瞬間だけではなくて、
「目標が達成できた!という報告をもらった瞬間」なども意味します。

このような嬉しい瞬間の中毒のようなものになっているからこそ、
仕事上でも、多くの人たちの夢や目標を応援しているのだと思います。

私が多くの人たちの夢や目標を応援できるカタチとしては、
FXくらいしかありませんから、それを通じて最大限やっていきたいと思っています。

しかしながら、

そのFXも1つのゲームであり、
しかもそれは、世界共通のゲームですから、

FXを手段として夢や目標を達成してもらうためには、
各々のオリジナルゲームの中のレベルだけでなく、
どうしてもFX世界共通のレベルが最低限必要となっています。

私のFXのスタイルは「システムトレード」であり
「自動売買プログラムを稼働させておくだけ」ではあるのですが、

まだ経験が浅くレベルが低い段階ですと、
この「自動売買プログラムを稼働させておくだけ」ということが、
簡単のようで、非常に難しいことと認識しています。

ですから、この「レベル上げ」というブログ新カテゴリーの中で様々な話を通じて、
FXで成功するための最低限のレベルを達成してもらいたいと考えています。

最低限のレベルに達しますと、
「システム稼働後は何もせずに じっと見守る」という
システムトレード成功鉄則を自然に守り続けることができるようになるはずです。

公開しているGINZO_Systemは、
FXというゲームの世界でも非常に強力な武器・防具だと思います。

その武器・防具をもって、FXというゲームにも勝ち続けてもらうことで、
各々のオリジナルゲームを より大きく堪能してもらうことができれば嬉しいです。